日本古式弓馬術
武田流鎌倉派
疾走する馬上から矢を放つ — 千年以上の歴史を持つ日本の弓馬術。
武田流は、その正統を今に伝える最古の流派のひとつです。
What is Yabusame
流鏑馬(やぶさめ)は、疾走する馬の上から的に矢を射る、日本古来の弓馬術です。 単なる武芸や競技ではなく、天下泰平・五穀豊穣を祈る神事として、 千年以上にわたり受け継がれてきました。
その起源は、第29代欽明天皇の御世にさかのぼります。 国内外の戦乱を平定するに先立ち、天皇は豊前国・宇佐の地(宇佐八幡宮の鎮座地)に 神功皇后・応神天皇を祀られ、神前にて天下平定・五穀成就を祈り、 馬上から三つの矢を射られたのが始まりとされています。
後に第59代宇多天皇の勅命により、源能有公が弓馬の礼を制定。 以来、源家を経て武田・小笠原の両家に分かれ、相伝されました。
Lineage of the Takeda-ryū
武田流は約800年の歴史を持つ流鏑馬における最古の流派のひとつです。 その正統は、幾多の時代を経て今日まで脈々と受け継がれています。
出典:近江神宮流鏑馬ページ・武田流HPより抜粋
Order of Ceremony
流鏑馬神事は、出陣から凱陣まで厳格な次第に則り執り行われます。 奉行・射手・諸役が伝統の装束に身を包み、それぞれの役割を果たします。
奉行 — 武田菱の定紋のある綾檜笠、揚羽向蝶を散らした鎧直垂に太刀を帯び、二十四本の征矢を差した箙を負い、重籐の弓を持つ。
射手 — 家紋を金糸で表した鎧直垂(中袖)に射小手を指し、綾檜笠(鬼笠)を戴く。腰に矢三本、弓にもう一本を添えて持つ。
諸役 — 的目付・幣方・矢取・旗手・扇方・陣太鼓の各役は、直垂(大袖)に後三年形の烏帽子、太刀を帯び鼻高沓をはく。
奉行の打つ「寄せの太鼓」を合図に、射手・諸役が一同広場に集合する。
奉行・射手・諸役は行列により拝殿へ進む。奉行は天長地久に用いる鏑矢を奉献し、天下泰平・五穀豊穣の願文を奏上。鏑矢を拝受し、一同退出する。
奉行は「五行の乗法」を行う。乗馬し左廻り三回・右廻り二回、中央で馬を止め、鏑矢を弓につがえて天と地に対し満月に引き、国家の天壌無窮・五穀豊穣を祈念する。
一尺八寸四方の檜板を網代にあみ、五色で星的を表した的を射る。射手は二組に分かれ、それぞれ三回、一の的・二の的・三の的と全速力で駆け抜けながら、各々計九本の矢を射る。
土器二枚を合わせ中に五色の切紙を入れた三寸の小的を用いる。命中すると土器が砕け、五色の紙が吹雪のように飛び散る。出場資格は式の的で七本以上命中した者。
最多的中者が奉行前に進み跪座。奉行は扇を開き骨間より的を検分する。太刀の鯉口を切ると太鼓が三打。奉行の「エイ・エイ・エイ」の声に射手諸役一同「オー」と唱和し、三回繰り返して勝鬨を揚げる。
UPCOMING EVENT
武田流 日本古式弓馬術協会奉納
令和8年 6月7日(日)
午後0時30分 出陣 / 午後1時〜2時 騎射(正参道)
観覧無料(有料観覧席 1,000円 / 全350席)
天智天皇の時代「天皇、蒲生野に狩りしたまふ…近江国、武を講ふ」と 『日本書紀』に記された故事に想いを馳せ、平成2年より毎年開催されてきた伝統の神事です。
近江神宮 流鏑馬神事の詳細 →WORKSHOP
東京・日の出町のGOCOO HORSE VILLAGEでは、
武田流の指導のもと流鏑馬講習会を開催しています。